漢方という言葉について


この漢方という言葉と概念はいくらか、いいかげんな使い方がされています。
といっても、言葉というものは、すべて、いいかげんなところがあるように思われますが。
この漢方という言い方は明治時代の初め、
続続と日本へ流入する西洋文明的医学に対して
日本でそれまで中心的に使用されてきた医学を漢方と命名した人がいるためらしい。
それで、なぜその時、漢方となって、清法とか唐方でなかったかというと、
それまでの特に江戸時代後半の日本の医学が漢の時代の医学を尊重していたからに他ならない。
現在の中国においても漢方なる呼称は日本のように一般的ではない。
むしろ、自分達の伝統医学のことを中医学と言っている。
何が言いたいかと言うと、漢方と言う言葉は生まれてまだ100年前後しか経っていないが、
漢方的思考法と言うのは漢の時代から続いている、
いや、あえて、漢の時代に回帰している、ということ。
漢の時代に紙も発明されたらしいが、
漢方医術者たちが使用したのはだいぶ後になってで、
その当時は、木切れや竹の皮などに書くのが普通だったらしい。
いや、書く事自体がそう一般的ではなかったらしい。主には言い伝えであったらしい。
漢字等と言うけれど、その漢の頃では漢字を書ける人はほとんどいなかったと思われる。
漢方医学と言うのはそんな頃にすでにかなり完成されていた。
科学が生まれて数百年、今や、全世界が科学によって覆われている。
インターネットも科学の恩恵だ。
だが、人間の心と体について言えば、科学では説明できない事象のほうが多い。
科学に頼りすぎて、科学を信頼しすぎて失敗することが多々ある。
反対に科学の洗礼を受けていない漢方、
漢字さえ、紙さへまともに使えなかった時代の漢方的思考法が約2000年後の今日、なぜ蘇るのか?
人類はそれほど進歩していないのだろうか?

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